「今私は死んでいる」：オッペンハイマーの本当の人生

1945 年 7 月、トリニティ実験場で核兵器「ガジェット」の最終組み立てを監督するオッペンハイマー。© 米国国防総省

リヴァイアサンプレス:

オッペンハイマーは若い頃から文学を愛し、晩年になっても『バガヴァッド・ギーター』を彼に最も大きな影響を与えた十冊の本の1つに挙げていた（別のサンスクリット語の著作である『ウパニシャッド』や詩人エリオットの『荒地』も彼に大きな影響を与えた）。オッペンハイマーはハーバード大学在学中から、ヒンドゥー哲学に強い関心を抱いていた。その後、バークレーでは毎週サンスクリット語の教授からサンスクリット語を学びました。そこでオッペンハイマーは初めて『バガヴァッド・ギーター』に出会った。

不思議な運命のいたずらで、この本の筋書きは彼の将来の経験と平行していた。10年後、オッペンハイマーは比喩的にも文字通りにも、バガヴァッド・ギーターとほぼ同じ苦境に陥ったのだ。オッペンハイマーがマンハッタン計画に参加したかどうかにかかわらず、映画「THIN」のアルジュナのように戦争は続いていただろう。

第二次世界大戦終結後の同年11月、オッペンハイマーは核兵器は「我々が育った世界のあらゆる基準から見て悪である」と述べた。 1949年までに、彼はその後の水素爆弾の開発に反対する立場を公に表明した。このことが、1950年代のマッカーシズムと相まって、最終的に米国政府による彼の最高機密セキュリティ認可の取り消しにつながった。 1954年の公聴会では、オッペンハイマーの過去の経験がほぼ明らかになり、左翼の人物であるホーコン・シュヴァリエとの親密な関係（米国はシュヴァリエがソ連政府のスパイであると疑っていた）や、オッペンハイマーが元恋人で米国共産党員のジョーン・タトロックと今でも連絡を取り合っている理由も明らかになった。例えば、1943 年の夏、オッペンハイマーはタトロックと一夜を過ごしました。

1945 年 7 月 16 日の早朝、ロバート・オッペンハイマーは制御バンカーで世界を変える瞬間を待っていました。約10キロ（6マイル）離れた米国ニューメキシコ州ホルナダ・デル・ムエルト砂漠の広大な砂漠で、コードネーム「トリニティ」と呼ばれる世界初の原子爆弾実験が行われようとしていた。

オッペンハイマーは明らかに神経衰弱に陥っていた。彼は常に細身だったが、原子爆弾の設計と製造を行ったマンハッタン計画の科学部門であるプロジェクトYの責任者として3年間勤務した後、体重は52キログラム（115ポンド）強にまで落ちた。身長178cm（5フィート10インチ）なので痩せて見えます。その夜、彼は不安と喫煙による咳で眠れず、結局4時間しか眠れなかった。

1945年のその日は、歴史家のカイ・バードとマーティン・J・シャーウィンが2005年に出版した伝記『アメリカン・プロメテウス』で記述されているオッペンハイマーの生涯におけるいくつかの重要な瞬間のうちの一つである。この伝記は、7月21日に米国で公開された新しい伝記映画「オッペンハイマー」のインスピレーションとなった。

バードとシャーウィンによれば、陸軍の将軍がカウントダウンの最後の数分間にオッペンハイマーの感情を注意深く観察したという。「オッペンハイマー博士は...最後の数秒間にますます緊張し、ほとんど完全に息を止めていました...」

この写真は、1945 年 7 月 16 日のトリニティ爆発から 0.025 秒後に撮影されたものです。© 米国国防総省

爆発は太陽よりも明るかった。この爆発の威力はTNT火薬21,000トンに相当し、史上最大のものとなった。衝撃波は160キロ（100マイル）離れた場所まで感じられた。轟音が大地を包み込み、キノコ雲が空に上がると、オッペンハイマー氏の表情は和らぎ、「信じられないほど安堵した」ように見えた。

数分後、オッペンハイマーの友人で同僚のイジドール・ラビが遠くから彼を見つけた。「彼の歩き方、車から降りたときの歩き方は決して忘れません…映画『真昼の決闘』のウィル保安官のような歩き方でした…あの威勢のよさがありました。彼はそれをやり遂げました。」

1960年代のインタビューで、オッペンハイマーは爆発直後にヒンズー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』の一節が頭に浮かんだと主張し、その反応に一層厳粛さを加えた。「今、私は死であり、世界の破壊者である。」

1945 年のトリニティ実験の際、核兵器「ガジェット」が塔の頂上に設置されました。 © ゲッティイメージズ

その後の数日間、彼の友人たちは彼がますます落ち込んでいるように見えたと話した。 「その2週間の間、ロバートはとても静かになり、考え込むようになりました」と彼らの一人は回想する。「これから何が起こるか分かっていたからです。」ある朝、彼が（見下したような口調で）日本人の差し迫った運命を嘆いているのが聞こえた。「あのかわいそうな人々、あのかわいそうな人々。」しかし、ほんの数日後には、彼は再び緊張し、集中し、真剣な表情に戻っていました。

軍の同僚たちとの会談で、彼は「かわいそうな国民」のことを完全に忘れていたようだ。バード氏とシャーウィン氏によると、彼は爆弾を投下するための適切な条件の重要性に焦点を当てていた。「雨や霧の中で爆弾を投下することはできない。爆発点を高くしすぎてはいけない。ちょうどいい数値に設定されている。[高く]してはいけない。そうしないと、標的に十分なダメージを与えられない。」

1945年7月16日、トリニティの爆発から9秒後、世界初の核爆発のキノコ雲が上がり始めました。 © 米国国防総省

トリニティ実験から1か月も経たないうちに、オッペンハイマーが同僚たちに広島への原爆投下の成功を発表したとき、ある観察者はオッペンハイマーが「勝利したボクサーのように握りしめた拳を頭上に突き上げた」と記した。拍手は「屋根が吹き飛ぶほどだった」。

神経質、野心、誇大妄想、病的な鬱病は、一人の人間に同時に現れることはめったにない特性です。

オッペンハイマーはマンハッタン計画の感情的かつ知的な中心人物であり、他の誰よりも原子爆弾を実現させた人物でした。戦後彼とともに働いたジェレミー・バーンスタインは、彼以外にそれを成し遂げられる者はいないと確信していた。 2004年に出版された伝記『A Portrait of an Enigma』の中で彼はこう書いている。 「オッペンハイマーがロスアラモスの指揮をとっていたら、良くも悪くも第二次世界大戦は核兵器の関与なしに終わっていただろうと私は信じている。」

オッペンハイマーが自分の仕事の成果を見て示した多様な反応、そしてそれらの感情が移り変わる速さは、混乱を招くかもしれない。神経症、野心、誇大妄想、病的な鬱病は、一人の人間、特にこれらの反応を引き起こすプロジェクトで中心的な役割を果たしている人間に併存する可能性は低い特性です。

バードとシャーウィンはオッペンハイマーを「謎」とも呼んだ。「彼は偉大なリーダーとしてのカリスマ性、曖昧さに満ちた審美眼を持った理論物理学者だった。」彼は科学者であったが、別の友人がかつて述べたように、「想像力を巧みに操る第一級の人物」でもあった。

1946 年、チェーン スモーカーのオッペンハイマー。© Wikimedia Commons

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映画「オッペンハイマー」は7月21日に米国で公開された。ピューリッツァー賞受賞作「アメリカン・プロメテウス」を原作とした作品である。オッペンハイマー役はキリアン・マーフィーが演じる。この映画には、オッペンハイマーを採用した将軍レスリー・グローブス（マット・デイモン）や、1930年代にオッペンハイマーと交際していた精神科医ジョーン・タトロック（フローレンス・ピュー）や妻ケイティ・オッペンハイマー（エミリー・ブラント）など、オッペンハイマーの私生活にまつわる人物も登場する。

1945年9月、トリニティ核実験場にいるオッペンハイマー（左）とレスリー・グローブス将軍。このとき、トリニティ核実験から2か月が経過し、第二次世界大戦が終わったばかりだった。彼らは放射能の粉塵が靴の裏に付着するのを防ぐために白い靴カバーを履いていた。 © ウィキメディア・コモンズ

バードとシャーウィンによれば、オッペンハイマーの性格の矛盾（彼の友人や伝記作家が説明を困難にしていたもの）は、最初からそこにあったようだ。

オッペンハイマーは1904年にニューヨーク市で生まれた。彼の両親は繊維産業で富を築いた第一世代のドイツ系ユダヤ人移民だった。オッペンハイマー一家はアッパーウエストサイドの大きなアパートに住み、メイド3人と運転手1人、そして壁一面にヨーロッパの芸術作品が飾られていた。

オッペンハイマーはそのような贅沢な環境で育ったが、幼なじみの記憶によれば、彼は甘やかされて育ったわけではなく、むしろ非常に寛大だったという。彼の学校の友人ジェーン・ディディスハイムは、彼を「すぐに顔を赤らめる」、「とても繊細で、頬がピンク色で、とても内気な」人として覚えているが、同時に「とても賢い」人だったとも言っている。 「すぐにみんなが彼が他の人とは違っていて優れていると認識しました」と彼女は語った。

1905 年頃のオッペンハイマーと父親。© J. ロバート オッペンハイマー記念委員会

9 歳のとき、彼はギリシャ哲学とラテン哲学を読み始め、鉱物学に魅了されました。セントラル パークを散策し、ニューヨーク鉱物学クラブに自分の発見を記した手紙を書きました。彼の手紙はとても素晴らしかったので、クラブは彼を大人と勘違いし、スピーチをするよう招待した。バードとシャーウィンは、この知性が若きオッペンハイマーを孤立させることが多かったと書いている。 「彼はいつも自分がやっていることや考えていることに集中していた」と友人の一人は思い出した。彼には社会の性別に対する期待に従うつもりはなかった。スポーツにも、従兄弟が言​​うところの「同年代の乱暴なこと」にも興味がなかった。 「彼は他の男の子たちと違うということでよく嘲笑され、からかわれました。」しかし、彼の両親は彼が天才であると確信していた。

「両親が私に示してくれた信頼の代償として、私は不快な自我を育ててしまった」とオッペンハイマーは後に述べている。「それは、私が不幸にも接触した子供や大人にとって、きっと不快なものだったに違いない。」彼はかつて別の友人にこう言った。「本のページをめくりながら『ああ、ああ、もちろん、それは知っている』と言うのは面白くない。」

ハーバード大学のオッペンハイマー、1925年。© ハーバード大学アーカイブ

オッペンハイマーがハーバード大学で化学を学ぶために家を出た後、彼の心理的性質の脆弱さが明らかになった。彼の脆い傲慢さとほとんど隠されていない感受性は、彼にとってほとんど役に立たなかったようだ。 1980 年にアリス・キンバル・スミスとチャールズ・ワイナーが編集したコレクションに、彼は 1923 年の手紙を収録しました。

「私は懸命に働き、数え切れないほどの論文、メモ、詩、物語、そしてゴミを書きました... 3つの異なる研究室で悪臭を放ちました... 迷える魂にお茶を出し、高度な話題について話し、週末には外出して、低レベルのエネルギーを笑いと疲労に精製し、ギリシャ語を読み、間違いを犯し、机の上の手紙を探し、死にたいと願いました。それだけです。」

この映画では、キリアン・マーフィーが帽子をかぶり、次から次へとタバコを吸う男、ロバート・オッペンハイマーを演じている。 © ユニバーサル・ピクチャーズ

スミスとワイナーが整理したその後の書簡は、彼が大学院のためにイギリスのケンブリッジに移った後もこれらの疑問が残っていたことを示している。彼の指導者は、オッペンハイマーの弱点の一つである応用実験を重視する姿勢を貫いた。 「私は今、ひどい時間を過ごしている」と彼は1925年に書いている。「研究室での仕事はひどく退屈で、私は本当にそれが得意ではなく、何も学んでいないように感じている。」

その年の後半、オッペンハイマーは激しい感情に駆られて、実験室の化学物質に汚染されたリンゴをわざと指導者の机の上に置き、危うく大惨事に陥るところだった。彼の友人たちは後に、彼が嫉妬と自尊心の低さからそうしたのではないかと推測した。

彼の指導教官はリンゴを食べなかったが、オッペンハイマーはケンブリッジ大学の地位を失いそうになり、それを保つために精神科医に診てもらう必要があった。精神科医は彼に精神疾患の診断を下したが、治療しても効果はないと言って無視した。

後にオッペンハイマーは当時のことを振り返り、クリスマスの時期に自殺を真剣に考えたと語った。翌年、パリ旅行中に、親友のフランシス・ファーガソンが彼に、恋人にプロポーズしたと伝えた。オッペンハイマーはファーガソンの首を絞めようとした。「彼は荷物のベルトを持って私の後ろに近づき、それを私の首に巻き付けました。私はなんとかそれを外すことができましたが、彼は床に倒れて泣き始めました。」とファーガソンは回想している。

精神医学はオッペンハイマーを救うことはできなかったようだが、文学が彼を救ったのだ。バードとシャーウィンによれば、彼はコルシカ島でのウォーキング休暇中にマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』を読み、その一部が自分の心境を反映していることに気づき、慰められ、より思いやりのある生き方を学んだという。

彼は、その本の中で「他人に故意に与えられる苦痛に対する人々の無関心」と、この無関心が「残酷さの恐ろしく永続的な形」であると書かれた一節を暗記していた。痛みに対する態度の問題はオッペンハイマーの長年の関心事であり、精神的および哲学的なテキストへの彼の関心を導き、最終的には彼の名声を確立した作品において重要な役割を果たしました。この休暇中に彼が友人たちに言った言葉は、将来を予兆しているかのようだった。「私が最も尊敬する人は、多くのことに非常に優れているが、それでも顔中に涙を浮かべている人です。」

私が最も尊敬する人は、おそらく、多くの点で優れているにもかかわらず、顔中に涙を浮かべている人でしょう。

—オッペンハイマー

彼は後に、以前よりも軽い気持ちで「より優しく、より寛容になった」気持ちでイギリスに戻ったと回想している。 1926年初頭、彼はドイツのゲッティンゲン大学理論物理学研究所の所長と会い、所長はすぐにオッペンハイマーの理論家としての才能を確信し、彼をそこで学ぶよう招待した。スミスとワイナーによれば、彼は後に1926年を「物理学に足を踏み入れた」年と表現した。これが転換点となるでしょう。

その後の1年間で、彼は博士号とポスドク研究員を取得し、理論物理学を発展させる学者のコミュニティに参加し、生涯の友人となる科学者たちと出会いました。これらの人々の多くは、最終的にロスアラモスのオッペンハイマーのチームに加わった。

オッペンハイマーは詩から東洋哲学まで幅広く読書した。 © ゲッティイメージズ

オッペンハイマーはアメリカに戻った後、ハーバード大学で数か月過ごし、その後カリフォルニアに移り物理学の道を歩み始めた。この時期の彼の手紙の調子は、より安定した寛大な心の状態を反映しています。彼は兄に愛と芸術への継続的な関心について手紙を書いた。

彼はカリフォルニア大学バークレー校の実験者と緊密に協力し、宇宙線と放射性崩壊に関する実験の結果を解釈した。彼は後に、自分自身を「それが何を意味するかを理解した唯一の人物」と表現した。彼が最終的に創設した学部は、彼が愛した理論を伝える必要性から生まれたものだと彼は言う。「最初は教員や同僚に、次に耳を傾けてくれる人すべてに…私たちが学んだことや未解決の疑問について説明しました。」

当初、オッペンハイマーは自分自身を「扱いにくい」教師と表現していたが、この役割を通じて、プロジェクト Y での勤務期間中にうまくやっていける個人的な魅力と社交スキルを身につけた。スミスとワイナーは、オッペンハイマーの同僚の一人が「生徒たちはオッペンハイマーを真似しようとした。彼らはオッペンハイマーの身振り、癖、イントネーションを真似した。彼は生徒たちの人生に本当に影響を与えた」と語ったことを引用している。

1930 年代初頭、オッペンハイマーは学術的キャリアを固めながら人文科学分野の読書を続けました。この時期に彼はヒンドゥー教の聖典を発見し、未翻訳の『バガヴァッド・ギーター』を読むためにサンスクリット語を学んだ。後に彼は『今、私は死である』という有名な一節をこの聖典から引用した。彼の興味は知的なものだけにとどまらず、20代の頃にプルーストから始めた自主的な読書療法の継続を表しているようだ。

貴族の二分家間の戦争を描いたバガヴァッド・ギーターの物語は、オッペンハイマーに、プランYで直面した道徳的曖昧さに直接適用できる哲学的基盤を与えた。責任、運命、結果からの離脱という概念を強調し、結果に対する恐怖が行動を起こさない理由にはならないことを強調している。 1932年に兄に宛てた手紙の中で、オッペンハイマーは『バガヴァッド・ギーター』を特に取り上げ、戦争の状況がこの哲学を実践する機会を与えてくれるかもしれないと即座に示唆した。

「規律を通して…私たちは平穏を得ることができると私は信じています…規律を通して、ますます敵対的な環境の中で私たちの幸福に不可欠なものを保持することを学ぶことができると私は信じています…したがって、学習、人々や社会に対する義務、戦争など、規律の感覚を呼び起こすものはすべて、深い感謝の気持ちで見られるべきだと私は信じています。なぜなら、それらを通してのみ、超然とした状態を達成することができ、それらを通してのみ、平穏を理解できるからです。」

1930年代半ば、オッペンハイマーは精神科医で医師のジーン・タトロックとも出会い、恋に落ちた。バードとシャーウィンによれば、タトロックの性格はオッペンハイマーと同じくらい複雑だった。彼女は博識で、社会的な責任感が強い。彼女の幼なじみの一人は、彼女を「素晴らしい気質の持ち主」と評した。オッペンハイマーはタトロックに何度もプロポーズしたが、彼女は断った。彼女は彼に急進的な政治とジョン・ダンの詩を紹介したとされている。

ジョーン・タトロック（左）フローレンス・ピューは映画「オッペンハイマー」でタトロックを演じた。 © 米国議会図書館/ユニバーサル・ピクチャーズ

オッペンハイマーは1940年に生物学者のキャサリン・「キティ」・ハリソンと結婚した後も、2人は時々会い続けた。ケイティは後にオッペンハイマーのYプロジェクトに参加し、採血技師として働きながら放射線の危険性を研究した。

オッペンハイマーと家族 - 彼は、YMCAで一緒に働いていた生物学者のキャサリン・「ケイティ」・ハリソンと結婚した。©ゲッティイメージズ

1939年、物理学者たちは政治家たちよりも核の脅威をはるかに懸念しており、この問題が米国政府高官の注目を集めたのはアルバート・アインシュタインの手紙が初めてだった。政府の対応は遅かったが、科学界内で警戒が広がり、最終的に大統領は行動を起こすことになった。オッペンハイマーは、国内で最も優秀な物理学者の一人として、他の数人の科学者とともに、核兵器の潜在能力を真剣に研究する任務を与えられた。

1942 年 9 月までに、原子爆弾が実現可能であることが明らかになり、オッペンハイマーのチームのおかげで、その開発計画が具体化し始めました。バードとシャーウィンによれば、オッペンハイマーは自分がこの作戦のリーダーに指名されたと聞いて、独自の準備を始めたという。 「私は共産主義とのつながりを全て断つつもりだ」と彼は当時友人に語った。「そうしないと、政府は私を雇用することが難しくなるからだ。国への私の貢献を邪魔するものは何一つ欲しくない」

アインシュタインは後にこう言った。「オッペンハイマーの問題は、彼が愛していたもの、つまりアメリカ政府が彼を愛していなかったことだ。」彼の愛国心と喜ばせたいという願望が、政府による彼の採用に影響を与えたようだ。マンハッタン工兵地区の軍事指導者レスリー・グローブス将軍は、爆弾計画の科学的な責任者を見つける任務を負っていた。

2002年の伝記『Racing for the Bomb』によれば、グローブス氏はオッペンハイマー氏を科学ディレクターに指名した際に反対に直面した。オッペンハイマー氏の「極端にリベラルな背景」が懸念を引き起こした。しかし、グローブス氏は彼の才能と既存の科学的知識に注目するだけでなく、彼の「傲慢な野心」も指摘している。マンハッタン計画のセキュリティ責任者もこれに気づいた。「私は、彼が忠実なだけでなく、自分の任務の成功を妨げ、科学史における自分の地位に影響を与えるようなことは決して許さない人物だと確信した。」

オッペンハイマーの友人イジドール・ラビは1988年に出版した著書『原子爆弾の誕生』の中で、当時は「完全に非現実的な人事」だと思っていたが、後に「グローブス将軍の天才的なひらめきだった」と認めたと述べている。

1946 年のロスアラモス会議に出席した物理学者のグループ。オッペンハイマー氏は2列目左から3番目で、黒いジャケットとネクタイを着用している。写真に写っている他の科学者には、エンリコ・フェルミ、エドワード・テラー、リチャード・ファインマンなどがいます。 © ウィキメディア・コモンズ

ロスアラモスでも他の場所と同様に、オッペンハイマーは反抗的で学際的な信念を実行した。オーストリア生まれの物理学者オットー・フリッシュは、1979年の自伝『What Little I Remember』の中で、オッペンハイマーは必要な科学者だけでなく、「画家、哲学者、その他数人の意外な人物もプロジェクトに招集した。彼らがいなければ文明は不完全だと彼は信じていた」と回想している。

戦後、オッペンハイマーの態度は変わったようだ。彼は核兵器を「侵略、恐怖、テロの道具」と呼び、兵器産業を「悪魔の所業」と呼んだ。

1945 年 10 月の会議中に、彼はハリー・S・トルーマン大統領に「自分の手が血に染まっているように感じる」と有名な​​言葉を残した。大統領は後に「私は彼に、血は私の手についているから、あとは私が心配すると言った」と述べた。

この会話は、オッペンハイマーの愛読書『バガヴァッド・ギーター』に登場するアルジュナ王子とクリシュナ神との対話と驚くほど似ています。アルジュナは、戦いが始まれば仲間の死の責任を負わなければならないと感じたため、戦うことを拒否したが、クリシュナは彼の重荷を軽くした。「お前は、この民の殺人者が私であることを知るだろう...立ち上がれ、名声のために戦い、敵を倒し、国の富を享受せよ！彼らは私によって殺された。お前は殺人の武器となるのだ。」

オッペンハイマーは原子爆弾の開発中に、自分自身と同僚たちの道徳的躊躇を和解させるために同様の議論を展開した。彼は科学者たちに、武器の使用方法を決定する責任はなく、ただ職務を遂行するだけだと語った。もし流血があるとすれば、それは政治家の手によるものとなるだろう。しかし、実際にこれが行われると、オッペンハイマーのこの立場に対する自信は揺らいだようだった。バードとシャーウィンの回想によれば、戦後、原子力委員会で働いていたオッペンハイマーは、以前の研究によって道が開かれていたより強力な水素爆弾を含む核兵器のさらなる開発に反対していた。

これらの行動により、オッペンハイマーは1954年に米国政府による調査を受け、機密取扱権限を取り消され、政策活動から引退した。学界は彼を擁護した。哲学者バートランド・ラッセルは1955年にニュー・リパブリック誌に「結果は彼が否定できない過ちを犯したことを示しており、そのうちの一つは安全保障の観点から非常に重大である。しかし、彼が不誠実であったり、反逆行為と見なされるような行為を犯したという証拠はない。…科学者たちは悲劇的なジレンマに直面している」と書いた。

1963年、リンドン・ジョンソン大統領はオッペンハイマーにエンリコ・フェルミ賞を授与した。 © ウィキメディア・コモンズ

1963年、米国政府は政治的復権の証としてオッペンハイマーにエンリコ・フェルミ賞を授与したが、死後55年経った2022年になってようやく、米国政府はオッペンハイマーから機密情報取扱権限を剥奪した1954年の決定を覆し、オッペンハイマーの忠誠心を認めた。

オッペンハイマーは生涯の最後の数十年間、原爆の技術的成果に対する誇りと、その影響に対する罪悪感に悩まされていた。彼の評価には諦めの兆しもあり、彼は何度も原子爆弾の発明は避けられなかったと述べている。彼は生涯の最後の20年間をニュージャージー州プリンストン高等研究所の所長として過ごし、アインシュタインや他の物理学者らとともに研究を続けた。

アインシュタインはこうコメントしている。「オッペンハイマーの問題は、彼が愛していたもの、つまりアメリカ政府が彼を愛していなかったことだ。」写真: オッペンハイマーとアインシュタイン、1950 年代頃。 ©アラミー

バードとシャーウィンは、ロスアラモスと同様に、オッペンハイマーは学際的な研究を進めることの重要性に焦点を当て、科学が自らの意味をより深く理解するためには人文科学が必要であるとスピーチで強調したと書いている。この目的のために、彼は古典学者、詩人、心理学者を含む多数の非科学者を採用しました。

その後、彼は原子力の問題は当時の知的手段の範疇を超えており、トルーマン大統領の言葉を借りれば「古い考えの枠組みの中で考えるには革命的すぎる新しい力」であると信じるようになった。 1965年の演説で彼はこう語った。「現代の偉人たちの中には、驚くべき発見をしたとき、恐怖を感じたからこそそれが良いことだと分かったという人達がいたと聞いたことがある。」

このスピーチは後に1984年に出版されたコレクション「Uncommon Sense」に収録されました。彼は不安を抱かせる科学的発見の瞬間について語るとき、詩人ジョン・ダンの「すべてはバラバラになり、すべての連続性は消滅する」という言葉を好んで引用します。

オッペンハイマーが愛したもう一人の詩人、ジョン・キーツは、彼が尊敬する人々に共通する資質を表現するために「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を作り出した。「つまり、不確実性、謎、疑念を持ち、事実と理性を追い求める能力がある人のこと」哲学者バートランド・ラッセルも、オッペンハイマーの「物事を単純に見ることができない」という点について「このように複雑で繊細な精神機構を持つ人間にとって、この無能さは驚くべきことではない」と書いたとき、同様のことを念頭に置いていたようだ。オッペンハイマーの矛盾、彼の変わりやすさ、詩と科学の間を絶えずさまよっていること、単純な描写に対する彼の抵抗などを説明するとき、私たちはおそらく、彼が原子爆弾を製造することを可能にしたまさにその性質を特定しているのかもしれない。

著者が描いたオッペンハイマーの肖像画。

この壮大で恐ろしい追跡の最中でさえ、オッペンハイマーは20代の頃に予測した「涙で濡れた顔」を保っていた。三位一体テストの名前は、ジョン・ダンの詩「三位一体の神よ、私の心を打ち砕け」に由来すると考えられている。 「もし私が立ち上がることができれば、あなたは私を打ち倒し、破壊し、吹き飛ばし、あなたの全力で私を焼き尽くし、そして再び立ち上がらせるでしょう。」

ダンの詩はジョーン・タトロックによって彼に紹介され、彼は常に彼女に愛情を抱いていたと考える者もいるが、彼女はテストの1年前に自殺した。原爆計画はオッペンハイマーの想像力とロマンと悲劇の心に満ちていた。グローブス将軍がプランYのためにオッペンハイマーを面接したとき、彼が見たのは彼の傲慢さだったかもしれないが、必要なときに自ら傲慢さを許す彼の能力だったのかもしれない。原子爆弾は科学的研究の成果ではあったが、それはまたオッペンハイマーの能力と意欲、つまり自分がそれを発明できる人物であると想像する能力と意欲の産物でもあった。

オッペンハイマーは青年期からヘビースモーカーであり、生涯を通じて何度も結核を患っていた。彼は1967年に62歳で咽頭癌で亡くなった。

彼は死の2年前、めったにないシンプルな瞬間に、科学の実践と詩の実践を区別する線を引いた。詩とは違い、「科学は同じ間違いを繰り返さないように学ぶことだ」と彼は言った。

ベン・プラッツ・ミルズ

翻訳者：クシャン

校正/ウサギの軽い足音

オリジナル記事/www.bbc.com/future/article/20230712-robert-oppenheimer-manhattan-project-nuclear-scientist-atomic-bomb

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この記事は著者の見解を反映したものであり、必ずしもリヴァイアサンの立場を代表するものではありません。