「医療依存」を断ち切るには？ 「ミュンヒハウゼン症候群」の背後にある奇妙な男爵を暴く

リヴァイアサンプレス:

ミュンヒハウゼン症候群を見ると、心気症を思い浮かべがちです。心気症とは、明確な医学的根拠がないのに、自分が特定の病気にかかっていると思い込む精神病理学的状態を指します。しかし、2013年版のDSM-5では心気症の診断が削除され、病気不安障害と身体症状性障害に置き換えられました。

しかし、健康不安の範囲を描写する努力は、心気症の曖昧な性質を明らかにするには不十分でした。これらの一見役に立つ用語は、実際にはほとんど何も達成しません。私たちを苦しめる病気や精神障害については、これまで以上に理解が深まっていますが、身体の最も解決困難な謎は依然として残っています。医師と患者は協力して対処しなければなりません。これを実現する唯一の方法は、道徳的な衝動を捨てて不確実性を受け入れることですが、これはまさに現代医学が最もできないことです。

1951年、ロンドンの医師リチャード・アッシャーは「ほとんどの医師が見ているが、めったに報告されない一般的な症候群」についての論文を執筆しました[1]。彼は、劇的だがもっともらしい病歴を持ち、何度も病院に通い、医療専門家と口論し、医師のアドバイスに反して自ら退院する、一見病気のように見える人々の集団について描写している。

簡単に言えば、これらの人々は、今日ではミュンヒハウゼン症候群として知られている精神障害を患っていた。これは、患者が自分または他の誰か（通常は子供）が重病であるかのように装う精神障害である。

もしこの病気が、アロイス・アルツハイマー（アルツハイマー病の症例を初めて発表したドイツの精神科医）やバリル・バーナード・クローン（アメリカの消化器科医。「クローン病」は彼にちなんで名付けられた）のような医学的な命名規則を採用していたら、「アッシャー病」と呼ばれていたかもしれない。

しかし、そうではなかった。アッシュは、自分の名声を疑似疾患と結びつけることに乗り気ではなかったからだ。疑似疾患は「ヒステリー患者、統合失調症患者、マゾヒスト、あるいはある種の精神異常者」によってでっち上げられたものだと彼は信じていた。アッシュ博士は代わりに文学からインスピレーションを得始めました。彼は、今では忘れ去られたドイツの作家ルドルフ・エーリヒ・ラスペによる1785年の小説『ミュンヒハウゼン男爵のロシアにおける驚異の旅行と作戦の物語』からインスピレーションを得た。

ミュンヒハウゼン男爵の冒険を描いたイラスト、1890年。© Wikimedia Commons

この小説はもともと匿名の記事として出版され、『ガリバー旅行記』と同様に数え切れないほど多くのバージョンに再翻案されてきました。この小説では、ミュンヒハウゼンは、一人称で自身の奇妙な冒険を語る高貴な退役軍人であり、その話は明らかに不条理であるため、宴会の客を興奮させる。ミュンヒハウゼンの数多くの冒険の中には、大砲に乗ってテムズ川を飛んだり、体長40フィートのワニと格闘したり、さらには月まで旅行したりしたことなどがある。

ストーリーに合わせて、もちろんオリジナルのイラストも掲載されています。 1786年版の小説の挿絵には、三日月からロープでぶら下がっているミュンヒハウゼン男爵が描かれている。これは UCLA の文学研究者サラ・ティンダル・カリームのお気に入りで、彼女は 2014 年に出版した著書「Eighteenth-Century Fiction and the Reinvention of Wonder」の表紙にこの小説を選びました。

「18世紀は、明確な著作権法や名誉毀損法がなく、事実に基づく作品とフィクション作品の間に厳密な区別がなかったという点で、特異な時代でした」とカリム氏は語った。これはラスペの小説の場合もまったく同じで、彼のミュンヒハウゼンは当時まだ生きていたほぼ同じ名前の男性に基づいている。

ヒエロニムス・カール・フリードリヒ・フォン・ミュンヒハウゼンは、オスマン帝国に対する2度の作戦でロシア軍団と共に戦った退役ドイツ人将校でした。

1760年までに彼はドイツの田舎で怠惰な生活を送り、ハノーバーの自宅で定期的に貴族たちをもてなしていた。ミュンヒハウゼンは優しく、寛大で、活発な人物であり、ドラマチックな物語を語る才能で知られていました。彼は嘘つきではなかった。実在の男爵も架空の男爵も、当初は非常に尊敬される人物でした。 「ラスペの本では、ミュンヒハウゼンは客がナンセンスな話をしていると思ったので、彼らの騙されやすさをからかうために、さらにばかばかしく奇妙な話をした」とカリムは語った。ラスペの小説はその後2世紀にわたって100回も再版されたと彼女は見積もっている。

編集と翻訳ごとにテキストが少しずつ変わります。 「しかし、後のバージョンではこれが変わり、彼はもはやジョークを言う人ではなく、ジョークそのものになりました」とカリムは説明する。 「彼は道化師、嘘つき、そして滑稽な人物になる。」

1740 年代頃の肖像画で、ミュンヒハウゼン男爵のものと考えられています。 © ウィキメディア・コモンズ

架空の人物が書き直されたのは、少なくとも部分的には、実在のミュンヒハウゼン症候群に対する反応がきっかけだったことは間違いない。 「彼がただ流れに身を任せていればよかったのに」とカリムさんは言う。「しかし、彼の過剰反応が状況を悪化させた」ミュンヒハウゼンはこの状況に対してユーモアのセンスを持っていなかった。彼は自分の描写の仕方を嫌い、何度も訴訟を起こすと脅した。

当時の名誉毀損法の曖昧さに加え、男爵の訴訟は克服できない問題によって妨げられた。当時、人気が高まっていた本の著者は匿名のままだったのだ。ミュンヒハウゼンは、この小説を英語に翻訳したゴットフリート・アウグスト・ビュルガーを訴えようとしたが、失敗した。

激怒したミュンヒハウゼンは、誰か（おそらく自宅に招待した人物）が自分を嘲笑して富を得ている、あるいは得ていたことを知っていた。あたかも名誉毀損訴訟から身を守るかのように、作者は主人公の名前の綴りを意図的に変えた。

「ラスペは、この壮大なフィクションの中に、実在する、識別可能な歴史上の人物を登場させた」とカリム氏は語った。何世紀にもわたって、歴史家たちは、なぜラスペがミュンヒハウゼンを主人公にしたのかを解明できなかった。

1872 年のイラストには、砲弾に乗って飛ぶミュンヒハウゼンが描かれています。 © ウィキメディア・コモンズ

ミュンヒハウゼン男爵がワニと戦います。 © ウィキメディア・コモンズ

「彼らが会ったかどうかさえ分からない」と、ケベック大学の解剖学者で、2002年にミュンヒハウゼン症候群の歴史に関する論文を執筆したレジス・オルリー氏は言う。[2]二人はドイツのゲッティンゲン大学で出会ったのかもしれない。ラスペは1760年代初頭、膨れ上がった借金を返済するために図書館員として働いていた。ちょうどその頃、ミュンヒハウゼン（ミュンヒハウゼンの叔父が大学設立に大きな役割を果たしていた）は自宅近くの邸宅で豪華な晩餐会を主催していた。

カリムと同様に、オーリーもいわゆる「嘘つき男爵」が嘘つきだとはまったく思っていません。 「ミュンヒハウゼンは物語の語り手だった」と彼は言い、もし物語が完全に真実ではなかったとしたら、その理由は2つある。「彼は聴衆を楽しませるために故意に物語をでっち上げたか（そしてそれが成功した）、あるいは彼が気づいていなかったナンセンスだったかのどちらかだ」ミュンヒハウゼンは1760年（39歳か40歳）に引退したため、誇大妄想以外の妄想に悩まされていた可能性は低い。

ミュンヒハウゼンにとって、ラスペは匿名の拷問者だったが、ラスペにとってミュンヒハウゼンとは何だったのだろうか？ 1785 年までに、はるかに若いラスプが（おそらく）男爵と出会ってから 20 年以上が経過しており、ラスプは男爵に大きな印象を与えたに違いありません。しかし、ミュンヒハウゼン症候群についてのラスペ氏の意見は謎のままだ。彼は自分の貧しい身分のせいで、男爵の富と地位に嫉妬したのでしょうか?彼はミュンヒハウゼンのストーリーテリングのスキルを賞賛し、その小説を褒め言葉として受け取ったのでしょうか?ミュンヒハウゼンがなぜ魅了されたのかの手がかりは、ラスペの伝記の中に見出すことができる。

ラスペは1737年にハノーバーで生まれ、ゲッティンゲン大学で法律を学んだが、弁護士にはならなかった。ラスペ氏は作家、研究者、翻訳家、ジャーナリスト、司書、地質学者、貨幣管理人など、魅力的な富と関わる職歴を豊富に持っている。ラスペは後に博物館のコインと宝石のコレクションを盗んだと告発され、1775年にイギリスへ逃亡した。次第に信用されなくなったラスペは、金銭を詐取する計画や軽犯罪に手を染めた。例えば、詐欺の1つは、スコットランドの貴族の土地で金鉱を発見したふりをして、鉱山への投資を説得し、お金を持って逃げるというものでした。

あまり賢くない上流階級の人々を騙すのがラスペの得意技のようだった。

一方、「苦悩と屈辱の中で、彼はミュンヒハウゼン男爵の宴会で聞いた話を思い出し、それを利用できると考え、その思い出を出版した」と作家のサミュエル・オースティン・アリボーンは1908年に記しており、その話は「確かに大げさではあったが、概してミュンヒハウゼン男爵が酒飲み仲間を楽しませるために創作した話と非常に似ていたため、その出所は明らかだった」という。ラスパイはドイツ語、英語、フランス語、ラテン語に堪能で、詩や研究論文のほかにもさまざまな種類の執筆に携わっていました。

しかし、もし彼が執筆を通して名声と富を求めていたなら、ミュンヒハウゼン男爵の物語は彼にとって損失だっただろう。非常に皮肉なことに、ラスペの生前、彼の最も成功した作品には彼の署名がありませんでした。結局のところ、作品の所有権を主張するということは、本物のミュンヒハウゼンを法廷に引きずり出すことを意味する。

結局、ミュンヒハウゼン男爵はラスペより3年長生きした。前者は1797年に亡くなりましたが、相手が誰なのか全く分かりませんでした。一方、後者は1794年に亡くなりました。起訴された翻訳者バージの伝記が出版されて初めて、この小説の真の著者が明らかになりました。その後200年の間に、「ミュンヒハウゼン」という言葉は徐々に広まっていきました。オックスフォード英語辞典[3]によれば、1850年代までに、この語は「非常に虚偽の疑似自伝的物語」を表す動詞、俗語として最も一般的に使用されていました。

1950年代までに、この言葉はあまりにも広く使われるようになり、アッシュはそれが彼の新しい症候群にぴったりのニックネームだと考えた。医師はこう書いている。「有名なミュンヒハウゼン男爵のように、この症候群の患者はよく噂されるが、彼らの話は、彼の話と同様、ドラマチックで真実ではない。」現在までに、この症状は病院依存症候群、シックチャート症候群、病院ホッパー症候群などと呼ばれてきました。[4]

精神障害の診断と統計マニュアル（DSM）における正式名称は「自己に課せられた虚偽性障害」または「他者に課せられた虚偽性障害」である[5]。

しかし、口語的には、人々はその状態を男爵の以前の良い評判で表現することを好みます。非常に特殊な文学界以外では、ラスペの名前はほとんど知られていないが、ミュンヒハウゼンの名前は誰もが知っている。もし歴史が違った展開をしていたなら、この二人の立場は完全に逆転していたかもしれない。 「ラスペは華やかで派手な人物だったが、詐欺行為も行っていた」とカリム氏は語った。

愛される嘘もあれば、違法な嘘もあるが、この区別の軌跡とその後の影響はほぼランダムである。ですから、次回ディナー パーティーで話を大げさに盛り上げようとするときには、次のことを考えてみてください。300 年後も、人々はあなたについて、良くも悪くもまだ話しているかもしれません。

ローズマリー・カウンター著

翻訳者：tim

校正/タミヤ2

この記事はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス（BY-NC）に基づいており、timによってLeviathanに掲載されています。

この記事は著者の見解を反映したものであり、必ずしもリヴァイアサンの立場を代表するものではありません。